著者・編者略歴

よこやま・てるき・・・1980年,三重県生.2013年,総合研究大学院大学博士後期課程修了.博士(学術).
現在,近鉄文化サロン上本町講座講師,伊賀市歴史研究会臨時職員.
主な著書に,「徳川吉宗の武芸上覧」(『徳川社会と日本の近代化』,2015年),『伊賀市史』第2巻第8章2・3項(2016年)

内容

「ひたすら講武の事を沙汰せられける」
太平の江戸時代中期、質実剛健の士風はすたれ、幕府の中核部隊であるはずの旗本五番方の面々は満足に乗馬も出来ない体たらくであった。
こうしたなか将軍となった徳川吉宗は、新旧さまざまな武芸奨励を実施し、軍事演習さながらの大規模な狩猟をも敢行した。
番士を鍛え直すべく始められた、吉宗の武芸奨励の実態に迫る。

■担当編集者より■
馬にはろくに乗れず、堀で泳げば溺れる始末。吉宗の登場以前、幕府の主力軍たる旗本五番方の番士たちの体たらくには、苦笑せざるをえません。見方を変えればそんなことが許されるほど、平和な世の中だったともいえるので、それはそれで素敵なことかもしれませんが……。
けれども吉宗は、それを許しませんでした。本書を読むと、吉宗の武芸奨励がなぜ効果を発揮したのかがよくわかります。ただ叱咤激励しただけでなく、仕組みを変え、利益誘導し、番士たちが武芸に取り組まざるを得ない状況を作っていったのです。
本書の後半では、少しずつ訓練を積んでいくことで、最後には大規模な猪狩りを、軍事演習さながらにできるまでになる様子が、跡づけられています。頼りなかった番士たちの成長物語、そんな風にも読めるかも知れません。

目次

序 論

第一章 衰えゆく尚武の気風と吉宗の登場
 第一節 旗本五番方について
 第二節 吉宗期以前の武芸奨励
  〈第一項〉家光の憂慮
  〈第二項〉家宣・家継期の武芸見分と上覧
 第三節 吉宗の登場と武芸奨励の意図
 小 括

第二章 惣領番入制度──旗本惣領に対する武芸奨励──
 第一節 総番入制度の停止
 第二節 惣領番入制度の創設と展開
 〈第一項〉惣領番入制度の創設
 〈第二項〉惣領番入制度の展開
  〈第三項〉惣領番入制度の実像
 第三節 惣領番入制度のもたらす恩恵
 〈第一項〉両番士の惣領と惣領番入制度
 〈第二項〉昇進と惣領番入制度
 小 括

第三章 武芸上覧と武芸見分
 第一節 武芸上覧と武芸見分の連携
  〈第一項〉馬術奨励
 〈第二項〉騎射奨励
 〈第三項〉歩射奨励
 第二節 武芸上覧に参加するということ
 〈第一項〉武芸上覧と褒賞
 〈第二項〉武芸上覧と昇進
 小 括

付 論 御供弓について
 一 御供弓の萌芽
 二 御供弓のはじまり
 三 御供弓の展開

第四章 狩猟の復興と勢子運用の発展
 第一節 鷹狩の復興と勢子――享保二年五月十一日の鷹狩――
 〈第一項〉鷹狩の復興と勢子
 〈第二項〉鷹狩当日の様子
 〈第三項〉勢子の主役
 第二節 勢子の展開
 〈第一項〉歩行勢子の複雑化
 〈第二項〉騎馬勢子・歩行勢子の発展
 小 括

第五章 小金原鹿狩
 第一節 享保の小金原鹿狩
 〈第一項〉享保十年の小金原鹿狩
 〈第二項〉享保十一年の小金原鹿狩
 第二節 受け継がれる小金原鹿狩
 〈第一項〉吉宗の狩猟、その後
 〈第二項〉寛政の小金原鹿狩
 小 括

終 章 吉宗の武芸奨励の意義――伝統と革新、その二面性――


あとがき
索引(人名・事項/史料名)

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