写生の技法が向上し、よりリアルな表現が追求された江戸後期、実際の風景を見たままに写しとろうと試みた作品群が遺されている。本書が「実景図」と称して分析するこれらの作例は、時に険しい旅路において描かれたものであり、その描写の背後には、絵師の視点や画風の流行のみならず、公の事業や時の為政者の存在があったはずである。一方で、これら実景図と地理情報を提供する絵図との境界は曖昧であり、美術史学においては個別の作例への言及に留まる傾向にあった。
本書は、実景を描いた作品群の背景にある権力関係を探り、地誌編纂事業や幕府の対外政策といった多彩な視座から読み解くことで、近世の文化の諸領域を横断する知の営みを描き出し、画派という括りでは見えてこなかった近世絵画史の一様相を浮かび上がらせることを試みる。
ジッケイヲエガク
実景を描く
江戸後期風景描写をめぐる知の営み
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体裁A5判・418頁
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刊行年月2026年04月
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ISBN978-4-7842-2128-8
内容
目次
序
第一章 拡散された実景―『扶桑名勝図』ほか
はじめに
第一節 柳枝軒の出版活動と『扶桑名勝図』
第二節 橘守国と勝景図
第三節 名所図会の展開と実景図
おわりに
第二章 奉じられた実景―岡岷山「都志見往来日記・同諸勝図」と谷文晁「熊野舟行図巻」
はじめに
第一節 岡岷山「都志見往来日記・同諸勝図」と広島藩主浅野重晟
第二節 文晁の熊野の旅と「熊野舟行図巻」
おわりに
第三章 企てられた実景―大野文泉「南部下北半島真景図」「津軽外ヶ浜真景図」ほか
はじめに
第一節 定信に仕えた文泉
第二節 幸貫に仕えた文筌・雪卿
第三節 権力者の視点と実景表現
おわりに
第四章 秘匿された実景―『新編武蔵風土記稿』
はじめに
第一節 『新編武蔵風土記稿』挿図における実景表現の概観
第二節 『新編武蔵風土記稿』実景表現のスタイルの源泉
第三節 統治者の視点が捉えた実景の諸相
第四節 挿図作者と制作のプロセスに関する試論
おわりに
第五章 開示された実景―『日光山志』
はじめに
第一節『日光山志』の概要
第二節『日光山志』挿図作者の分析
おわりに
第六章 共有された実景―南山古梁文・谷文晁画『宮城野聚勝園記』
はじめに
第一節 『宮城野聚勝園記』の概要
第二節 文晁「聚勝園図」作画の経緯
第三節 「聚勝園図」画風選択の背景―聚勝園と和漢の文芸
おわりに
第七章 追認された実景―目賀田守蔭「蝦夷歴検真図」
はじめに
第一節 寛政一一年(一七九九)の採薬行と実景図―渋江長伯と谷元旦
第二節 安政期の蝦夷地探検と実景図―「領有」をめぐる表象
おわりに
第八章 演出された実景―「小笠原島真景図」
はじめに
第一節 小笠原島回収計画と「小笠原島真景図」―小笠原島の状況と回収問題のねらい
第二節 描かれた幕末の小笠原―「小笠原島真景図」をはじめとする諸本の成立試論
第三節 「小笠原島真景図」の分析
第四節 小笠原島の実景に対する多様な視点―風景趣味と領土意識
むすびにかえて―「境界の地」における実景表現の比較
結語