オウヨウビジュツシソウドウニュウノレキシ

応用美術思想導入の歴史

ウィーン博参同より意匠条例制定まで

天貝義教 著

  • 体裁
    A5判・410頁
  • 刊行年月
    2010年04月
  • ISBN
    978-4-7842-1505-8

著者・編者略歴

(あまがい・よしのり)……一九五八年岩手県生。筑波大学大学院博士課程芸術学研究科中退.博士(学術)。秋田公立美術工芸短期大学教授。主要著作に、『〈美術〉を越えて』(共訳、勁草書房、一九九二年)、『グラフィック・デザイン全史』(共訳、淡交社、一九九六年)、「オーストリアの近代工芸運動」(デザイン史フォーラム編『近代工芸運動とデザイン史』、 思文閣出版、 二〇〇八年)。

内容

1884年『大日本美術新報』第7号のなかで、「美術を工業に利用すること、即ち実用と佳美を兼ねしむるに在り」と表現された応用美術。「博覧」「伝習」「勧業」を目的としたウィーン万国博覧会への日本初参加から二度の内国勧業博覧会を経て、「デザインの法」である意匠条例が制定されるまで、応用美術思想がいかに学習され、明治期の美術・工芸界において指導的役割を果たしていったかを明らかにする。

目次

第一章 はじめに

第二章 ウィーン万国博覧会参同
       ――「工芸の進歩」――
 一 参同の目的
 二 博覧会の報告書
 三 『澳国博覧会筆記』について
 四 『澳国博覧会筆記』の内容      

第三章 ウィーン万国博覧会区分目録第二十二区
       ――「美術ノ博覧場」――
 一 「美術ノ博覧場ヲ工作ノ為ニ用フル事」
 二 区分目録第二十二区の欧文原本
 三 「今世ノ美術ノ事」
 四 「工作ニ適用スル美術」

第四章 「工術博物館裨益論抄訳」
       ――「工術ノ主旨」――
 一 「工術博物館裨益論抄訳」の翻訳者と内容
 二 「工術ノ主旨」
 三 「維納府工術博物館」
 四 「工術ノ教院」

第五章 ウィーンにおける平山英三の伝習
       ――「工作図学」――
 一 佐野常民による伝習の復命
 二 ウィーンにおける平山英三の伝習内容
 三 「維納府美術工業博物館附属美術工業学校」
 四 クンストゲヴェルベシューレの教官

第六章 勧業のための博物館と画学校
       ――「百工ノ補助」――
 一 「製作用芸術ノ博物館」
 二 英国における「製作用芸術教育」の振興
 三 明治八年澳国博覧会報告書における佐野常民とワグネルの建議
 四 工部省による美術学校の設立と内務省による博物館と製品画図掛の設置

第七章 勧業のための博覧会―「国産年ニ月ニ声価ヲ損スルニ至ル」―
 一 「固有ノ工芸」の振興
 二 「総テ製品ノ精巧ニシテ其微妙ナル所ヲ示ス者」
 三 「第三区 美術」
 四 「固有ノ工芸」の歴史

第八章 応用美術の啓蒙(一)―絵画ハ工芸ノ首要ニシテ美術ノ基本タリ」―
 一 「精妙なる手技と意匠」
 二 「夫レ画道ハ美術製品ノ元祖ニシテ工業妙技ノ精神ナリ」
 三 「日本画ノ縦覧場ハ常ニ寂寥タリ」
 四 仏国巴里陶磁博覧会への出品辞退

第九章 応用美術の啓蒙(二)―「形状ハ実用ニ原ス」―
 一 「工業上美術ノ基礎ハ佳美ト実用」
 二 「ニユルンベルク府ノ博覧会ハ日本ノ博覧会ナリ」
 三 「美術工業品ノ要旨ハ実用ニアリ」
 四 龍池会における平山英三の図案出品

第十章 意匠条例の制定―「我美術工業ノ発展ヲ企図セン」―
 一 「日本の普通工芸品に美術を適用すること」
 二 「此無用物ヲ新製スルハ何等ノ好事何等ノ意匠ニ依ル歟」
 三 明治二十一年勅令第八十五号意匠条例   
 四 応用美術思想の発達

第十一章 結語

付録一 
「ウイン府(澳地利ノ都)ニ於テ来一千八百七十三年博覧会ヲ催ス次第、第二ヶ条」ドイツ語原文

「ウイン府(澳地利ノ都)ニ於テ来一千八百七十三年博覧会ヲ催ス次第、第二ヶ条」英語原文

付録二 意匠条例制定理由書

本文関連事項年表

紹介媒体

  • 『月刊美術』8月号

    2010年8月20日

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