一安心

少し前になりますが、先日、広島の刑務所から脱獄した囚人が
二日の逃亡の末捕まりました。
友人知人の多い土地なので心配していましたが、一安心。
逮捕に尽力された方の努力には頭の下がる思いです。
上記の事件をはじめ、今でこそ顔写真やその他容疑者の色々な情報が
すぐに警察全体、そしてある程度市民にも共有され、
様々な捜査技術の向上などもあり犯人逮捕の可能性が高い世の中ではありますが、
しかし、写真も無い、電話も無い、車どころか自転車も無いような昔は、
一体どのようにして捜査を進めたのでしょうか。
逃亡者の情報を各地に伝えるだけでも一苦労であったことは容易に想像がつきます。
下の写真は、江戸時代前期、京都所司代板倉重宗が出した達書。
今で言う所の「指名手配書」にあたる、大変興味深い文書です。
板倉重宗達書1
板倉重宗達書2
下鴨村や東山の諸村に出されたもので、
江戸で事件を起こした「金井半兵衛」とその一味について、
不審な人物が通った場合は村に留め置き、所司代に注進するよう命じたものです。
金井半兵衛については、
・ 年は三十ばかり
・ 面長で色黒
・ 背が高くすらりとしている
・ 目が二重
・ 生まれは摂州大坂で、言葉は柔らかになまっている
などの人相等が書き記されていますが、どうでしょう?
都市部から離れた小さな村落では、見知らぬ男がふらりと現れると
目につくのでしょうし、地方のなまりは隠そうとしても随分目立つのかもしれません。
しかし、いくらかでも人の出入りがある関西の土地では、
こんな人いくらでもいそうです。
自分と比較してもかなり当てはまってしまいます。
比較的最近町に居着き、この情報に当てはまり、
かつ人相があまり良くなくて周囲との関係がすこぶる悪いなんて人がいたら、
それはもう気が気ではないでしょうね。
そんな時代劇のようなことがあるのかどうかは知りませんが、
「この際、いっそのことお代官様にあいつを、、、」なんて思われたら大変。
急に他人の家の前を掃除したり、人の畑まで耕してしまいそうです。
今は今で大変なことが数限り無くありますが、それでも、
現代の日本に生まれて良かったな~と事あるごとに思うのでした。  
(西原)