寺島紫明「彼岸」に寄せて

松園清方ほど目立つ存在ではないけれど、
「そんな紫明が結構好き」という方も多いのではないかと思います。
私もその一人です。
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『清方と深水・紫明展』図録より
描いた作品も好きですが、残された資料からその性格を捉えようとしたところ
全くできなかったので惹かれたような気もします。
下層の女性・水商売の女性を「大嫌いですねん」と言いながら見事に描いたり、
「画家と医者は大嫌いですねん」と言いながら画家として名を残してしまったりと、
その生涯には不思議な点が多かったように見えます。


個人的に深く共感できるのは泉鏡花の作品を「観音経のように」
朝夕読誦する程愛していたということくらいで、
このブログの原稿を書くために画集を見たり資料を読み返しましたが
やっぱり「貴下は、私を知りますまい」(泉鏡花「外科室」)と
紫明に言われているような気持ちになりました。
紫明であれば求婚の言葉に「来世も再来世も、云々」と言わずに
「前世も後世も要らない」(「天守物語」)と
言ってくれたであろうと期待したいところですが、
美人ばかりを描いたのにその生涯は恋もなく、妻もなく、子もなく終えたとのこと。
残された日記には、読む者が閉口する程に犬・猫、そして庭の草木の話題ばかり。
紫明の描く作品には神聖にして触れがたいような、
そこに確かな「なまの女体」があるようでありながらどことなく現実離れした、
静謐な美しさがあるように思いますが、その背景には孤高の独身生活があったようです。
京都国立近代美術館に「彼岸」という紫明の傑作が収蔵されています。
春の彼岸の日に静かに合掌する下層の女性の姿を描いたものです。
この作品が第二回日展に出品されたのが昭和二十一年。
戦争が終わって一年のことなので
失われた多くの命への鎮魂の思いを託した作品と考えられますが、
描かれた女性の胸の内は見る人により様々でしょう。
「祈っている」ようにも「悼んでいる」ように見えます。
祈り方・悼み方にも激情を伴うものから湿っぽいものまでいろいろありそうですが、
紫明が「彼岸」で描いた女性はどこまでも静かで落ち着いたもので、
その神々しい姿は「死ななければならなかった無念」も
「生きていかなければならない恐怖」も溶かしてしまうかのようです。
最近流行した効率重視主義の観点から言えば、
もう亡くなってしまった人を想い続けることは
「無意味に近い」と判断される行為なのかもしれませんが、
眼に見える受け取り手を持たない、宛先の消滅した想いを忘れることなく
持ち続けるかのような女性の横顔に焦がれるのは私だけではないでしょう。
戦時中兵器工場で戦闘機の部品を磨くことを強いられ、
ようやく自由に絵が描けるようになったときにこういう作品を無言で提出してしまう、
そういう紫明がやっぱり好きなのです。
(山田)