著者・編者略歴

(ふじもと じつや)…1875(明治8)~1970(昭和45):農学博士。関東大震災後、横浜生糸検査所技師を辞職し、生糸貿易研究のため著作に打ち込む。【主著】『富岡製糸所史』(1943)『支那蚕糸業研究』(1943)『開港と生絲貿易』(1939)『日本蚕糸業史』(1935)『鮮満及北支那之産業』(1926)

内容

原三溪(1868-1939)は、生糸貿易や製糸業で活躍した横浜の事業家。美術・茶道に造詣が深い文化人・パトロンであり、広大な私邸を三溪園として一般公開し、関東大震災後の横浜の復興に尽くすなど、社会事業家としても活動した。藤本實也が戦時中にまとめ、稿本のままで活字化されていなかった幻の原稿『原三溪翁伝』を、横浜開港150周年を記念して、校訂を加えて刊行。

目次

第1篇 事業と生涯

第1章 総叙
  三溪と横浜
  生地濃飛の大観
第2章 家系
  家祖世系
  外祖父高橋杏村
  先考先妣
第3章 生立
  幼時の面影
  碩学野村藤陰の感化
第4章 立志遊学
  郷国脱出
  早稲田学園
  苦学と大志
第5章 横浜原家に入る
  原家
  生糸貿易界の巨擘原善三郎
  家業見習
第6章 原合名会社を組織
  旧習刷新
  人材招致
  会社の機構
第7章 原輸出部創立
  生糸絹物輸出
  露国貿易開始
  輸出部の陣容
第8章 製糸業の兼営
  渡瀬製糸所
  富岡製糸所
  大?歯製糸所
  名古屋製糸所
  子安製糸研究所(自動製糸機の発明)
第9章 蚕糸業外の関係事業
  第二銀行
  日本夏帽株式会社
  日本リンネット株式会社
  朝鮮農林株式会社
  南和護謨株式会社
  真崎大和鉛筆株式会社
  横浜舎蜜研究所〈上〉(空中窒素)
  同〈下〉(人造絹糸)
  関係事業の種々相
第10章 家庭
  屋寿子夫人
  嫡子善一郎
  次子良三郎
  二女婿
  羨まるゝ円満家庭
第11章 終焉

第2篇 公共貢献

第1章 蚕糸業界に於ける功績
  営利を離れての蚕糸業の指導
  第一次帝国蚕糸株式会社
  第二次帝国蚕糸株式会社
第2章 七十四銀行の破綻と救済
  横浜に於ける銀行の興敗
  欧州大戦後の恐慌と七十四銀行の破綻
  横浜興信銀行と其の使命
第3章 関東大震災後の復興
  横浜貿易復興会
  横浜市復興会
  二港主義の対戦
第4章 公共事業の援助及復興整理関係
  恩賜財団済生会
  財団法人協調会
  財団法人神奈川県医済会
  財団法人神奈川県社会事業協会
  財団法人神奈川県乳児保護協会
  出獄人保護会
  共益不動産株式会社
  横浜復興信用組合
  横浜衛生組合聯合会
  日本輸出絹物同業組合聯合会
  絹業協会
第5章 横浜大御所
  植民地観を呈せる最初の横浜
  政争渦中の横浜市政
  大横浜建設の理想
  愛市の一念
  横浜の元締格
第6章 三溪園
  三溪園の修築
  三溪園の公開
  不朽の豪華桃山殿
  三溪園の社会的貢献
  三溪園の国際的価値
第7草 日本美術の振興
  古美術の研究
  美術資料の集成
  新進画家の誘掖後援

  第3篇 性格と趣味

第1章 性格
  孝悌
  正義と公明
  悠揚典雅
  博愛公心
  聡明叡智
  清廉潔白
  福徳円満
  自重と自信
  果断と沈勇
  名利に恬澹
  人材主義と人物評
  友誼と温情主義
第2章 趣味
  古美術品の愛翫と蒐集
  庭園
  建築
  絵画
  書道
  史観と文学(文章)
  漢詩
  和歌
  茶道
  劇と歌謡
  食通
  煙霞癖

年譜

解題
藤本實也と『原三溪翁伝』の世界(内海孝)
途上国日本と横浜生糸売込商(根岸秀行)
安田靫彦の聖徳太子像―原三溪旧蔵《夢殿》再考―(柏木智雄)
下村観山と原三溪にみる作家と支援者の関係(清水緑)
原三溪の展評―院展図録の記述から―(八柳サエ)

索引(人名・事項)

関連リンク

原三溪市民研究会

本書は原三溪市民研究会の研究成果です

紹介媒体

  • 神奈川新聞

    2009年12月27日

    尹貴淑

    記事

  • 日本経済新聞

    2010年2月4日

    記事(文化欄)

  • 神奈川新聞

    2010年1月27日

    社説

  • 読売新聞(神奈川版)

    2010年4月15日

    かながわ文庫

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