著者・編者略歴

(こみや あきら)・・・1947年生まれ.東京大学人文科学研究科比較文学比較文化専攻博士課程満期退学.現在東京女子大学文理学部教授.共著に「〈啓蒙〉の知と主体の問題」『哲学の展開 哲学の歴史2』(新岩波講座「哲学」第15巻)、岩波書店、1985年.「科学テクストの文体」『テクストの発見』(叢書比較文学比較文化、第六巻)、中央公論社、1994年.

内容

フランス18世紀思想における「言語」の問題と《時》のあり方を中心に1970年代以来追求してきた論考を検討し、まとめた一書。日本ではあまり認知されていないディドロの「他者」の視点を中心とした思想を、近代社会思想の起源としてのルソーに対置することによって、「近代」の《時》の起源と「言語」を問いなおす。また同じ18 世紀を生きた日本の思想家として、安藤昌益、新井白石の思想との比較も試みる。

目次

序章 思想の可能性における十八世紀

第一章 ルソーと不可逆の《時》
     一 時への関心
     二 『エミール』
     三 『人間不平等起源論』
     四 ルソーの《時》

第二章 クロード=アドリアン・エルヴェシウスの知の地平
     一 『知について』という著作
     二 著作の構成
     三 「知」の三つの層位
     四 知の客体化

第三章 ディドロの比喩 ―『ダランベールの夢』読解の試み―
     一 問題の所在
     二 〈対話〉の構成
     三 三つの〈比喩〉
     四 〈比喩〉としての真理

第四章 ディドロとルソー 内在と外在 ―言語コミュニケーションをめぐって―
     一 ルソーとディドロ
     二 『盲人についての手紙』
     三 〈巨人〉と〈人間〉
     四 理想としての〈近代〉
第五章 ディドロの言語と《時》 ―『聾唖者についての手紙』の考察を中心に―
     一 言語の形成と《時》
     二 〈自然の順序〉
     三 聾唖者の視点
     四 〈他者〉の時

第六章 自伝の《時》 ―新井白石『折たく柴の記』における《時》の表現をめぐって―
     一 自伝と《時》
     二 二つの過去表現
     三 白石の《時》
     四 〈我れ〉と《時》

第七章 安藤昌益とジャン=ジャック・ルソー ─文明論としての比較研究―
     一 はじめに
     二 安藤昌益の文明論
     三 ルソーの文明観
     四 比較と結論

 注
 あとがき
 索引

紹介媒体

  • 図書新聞

    2009年5月2日

    大嶋仁

    書評

  • このエントリーをはてなブックマークに追加