旅の魅力

     いつも少し長期にわたった旅から帰って来ると、
     旅の疲れで何日か何もしないでぼんやりしているが、
     そうした帰国早々の短い期間が、私は好きである。
     (井上靖『わが一期一会』)

井上靖―わが一期一会 (人間の記録)

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大型連休、皆様いかがお過ごしになられましたでしょうか。
ご旅行や帰省などで、日常住まうまちを離れ、
いつもとちがう環境で数日を過ごされた方も多かったのでは
ないでしょうか。
そして、帰ってきては、月並みですが、
「やっぱり家がいちばん」といった感想を新たにした方も
いらっしゃるかと思います。
(私自身はさまざま算段をつけきれず、
特にどこへ行くこともなく終わってしまいましたが…)


もしかしたら、「旅」というものの魅力は、
日常から離れたり、未知の土地を踏んで見聞を広めることだけでなく、
そうした時間を経て、日常に帰ってくることそのものにも
存しているのかもしれません。
ひとには、
「ここではないどこか」を憧憬する気持ちと、
「いま・ここ」を愛おしむ気持ちと、
つねにこの二つが綯い交ぜに同居しているようにおもいます。
冒頭に掲げた井上靖のことばは、以下のように続きます。
      そうした時期に、私はいつも何か整理しておかねばならぬものがあるような、
      そんな思いに捉えられているが、それが何であるかはわからない気持である。
日常にたまった澱のようなものをさらさらと洗い流し、
気持ちに新たな区切りをつけて改めてこの日常を生きる、
そんな節目としての役割が、「旅」には期待されているようです。
井上というと、遣唐留学僧を主人公に擬した『天平の甍』、
江戸期の鎖国体制下、難船してロシアへ漂流した大黒屋光太夫の
行跡を描いた『おろしや国酔夢譚』、日系アメリカ移民を
モデルとした小説『わだつみ』など、さまざまな理由で
遠く故郷を後にし、新天地を生きぬくしかなかった人々を
主題とした作品を多く残しています。
ここに通じているのは、「帰る」ということはどういうことか、
という問いかけであったでしょう。
忙しい日常に戻っても、
読書を通じて、こうした「心の旅」を追体験するのも、
またよしではないでしょうか。
(佐藤)