進化して変化―極並佑展

現代作家の、特に「若手」と呼ばれるアーティストの作品を見る楽しみの一つに、
その作品の変化や成長を見てとることがあげられるのではないでしょうか。
しかし、特定の作家の作品を回を重ねて見続けるというのはなかなか簡単なことではありません。
作家が意欲的に定期的な作品発表をするのかも、
たとえ開催されても自分が実際に足を運べるのかどうかも分からない場合が多いからです。
それでも、偶然にでも「あ、あの人がまた展示をする」と知り、または案内を頂いて足を運べる時は、
どこか期待をしていく自分に気づきます。
とはいえ、必ずしも前回よりも今回の方が良い作品を並べているのかどうかは
観てみないと決して分からないものです。
たとえ、作家本人が自分のなかで起きた心情や作風の変化があったとしても、
それが観る側に正しく伝わっているのかどうかは別問題であると。
「前の方が良かった?」それとも「確かに成長している!」と感じるかどうかは常に分からない状態にあり、
それだけ観る側は極力フラットな冷静な気持ちで作品・作家と向き合い続けることが必要であると感じています。
極並2


今回、私がイムラアートギャラリー京都で観た「極並佑展―彷徨うシンデレラ」
その作家の変化が確かな進化として現れているといえる、なかなか充実した展示空間だったといえるでしょう。
極並氏の作品を初めて見たのは2年前、立体ギャラリー射手座(京都)で開催していた個展の時でした。
作家のことなど何も知らずにギャラリーへ入った私は、
100号程の大きな画面に描かれたカラフルでマットな色面とモチーフを囲む太く真っ黒な輪郭線に
目を引かれたのをよく覚えています。
前回同様一貫しているテーマは「modern people」。
顔を見せない人物、装飾性が極力排除・簡略化されたモチーフたち。
しかし、背景は部屋の中から窓の外の空や海へと移り、
描かれた女性の髪の毛や洋服などにもディテールが加わりました。
基本的なスタイルは変えないまま、しかし画面には微妙なニュアンスが生まれ、
「物語性」という新たな要素が生まれました。
作家がこれまで排除してきた要素を、改めて再構成し、新しい表現を作り出す。
そしてその目的を達成させるには、表現しきるだけの作家自身の能力と微妙でありながら
実は大きな変化を観る側が正しく感じとれるかどうかにかかっているのです。
極並氏は絵画という平面作品の持つ可能性を強く意識しています。
自分のスタイルを築き進化させていく作家の前向きな姿勢に少なからず期待は膨らみます。
もちろんさらに進化する表現へ。
前回よりも今回。今回よりも次回。密かな楽しみにしておこうと思います。
極並佑展「彷徨うシンデレラ」@イムラアートギャラリー京都
5/28日(土)まで   http://www.imuraart.com/ja.html
(川村)