2人なのにひとり? ―京都国立近代美術館「麻生三郎展」

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「麻生三郎は人間を描く画家だった。」
名前だけはよく聞いていて、絵もちらほらと見ていた私にとって、
今回鑑賞した回顧展はまさに初麻生三郎体験とでもいうべき内容といえるでしょう。
図録を見ながら振り返って思うのは、「人間を描き」続けた画家ということ。
作家における知識の無さと新鮮な感動が沸き起こった有意義な展示空間だったように思います。
その中で一番目を引いたのは1950年代初めに描かれた「ひとり」と題された作品群です。
画面には顔を覆いながら泣く女性とその女性をそっと抱きしめる男性。(↑チラシ表紙の図)
肘をついて物思う女性とその背後に立つもう一人の女性。
画面いっぱいに人物たちは描かれ、赤や黒を基調としながら、
その姿は具象的な生身の存在として描かれています。
絵の中は2人。でもタイトルは「ひとり」?
この絵の持つ独特な雰囲気に私は引き込まれました。
「合理的なリアリズムの目でこの嘘をひんむいて真実のフォルムをつくること」(展覧会図録より)
麻生は「人間のいる絵」でその表現を実現させようとしたのです。
戦後のヒトも社会も急速に変わっていく激動期に、社会という大きな波が生む「嘘」の存在を感じながら、
ヒトの現実を真実を描き貫こうとした画家の姿がここにはあります。
寄り添いながらも2人の男女はやはり「ひとり」。
目に見えない人間一人一人が抱える深い深い真実の存在を静かに観る側に教えてくれているようです。
戦後から60年以上経った今でも、ヒトは相変わらず「ひとり」のまま。
でもそれでこそヒトであり、その姿に作者も魅了され続けたのです。
麻生三郎展」@京都国立近代美術館 2/20(日)まで
(川村)