祇園白川と吉井勇

今回は思文閣京都本社近くの観光名所をご紹介します。
思文閣より南へ下ると、祇園・白川にかかる巽橋があります。
Gion tatsumi1
テレビ・映画や雑誌に紹介されることが多く、おなじみの光景です。
京都といえばサスペンスドラマもよく放送されますが、撮影中の俳優さんをお見かけすることもあります。
祇園という場所柄、観光に来られた方などで夜まで賑わっていますが、早朝は人もまばらです。
巽橋のすぐ近くには辰巳神社があります。
Gion tatsumi2
狸を祀っためずらしい神社です。
その昔、巽橋に住む狸が舞妓さん達を化かして困らせていたことから、祀られることになったそうです。
さらに西に向かうと、ひっそりと歌碑が建てられています。
Gion tatsumi3
京都を愛した歌人・吉井勇による
「かにかくに 祇園はこひし寝るときも 枕のしたを水のながるゝ」の句が刻まれています。


この歌は、明治43年6月の雑誌『スバル』に発表されました。
当時の勇は25歳。5月に一週間ほど、京都に滞在していました。
「かにかくに」とは「とにもかくにも」という意味です。 
この歌碑は昭和30年、勇の古稀の祝いに建てられました。
もとは、お茶屋の「大友(だいとも)」があった場所だそうです。
この大友(だいとも)の女将「お多佳(たか)」さんは、
夏目漱石や谷崎潤一郎などと親しく、勇とも親しくしていました。
お多佳の一周忌に谷崎潤一郎が歌を詠んでいます。
「しら河の流れのうへに枕せし 人もすみかもあとなかりけり」というものです。
この歌からも想像できるように、「大友(だいとも)」の床は白川に迫り出していました。
勇は「どこでつくったというわけではない」と回想しています。
ですから、この歌を「大友」で詠んだとは断定できないようですが、
当時、白川沿いにあったお茶屋は、似たような作りだったはずです。
「枕の下を水の流るる」という表現は、かなり現実描写に近かったようです。
(塚本)