桝本佳子 ―道具としての器の外へ―

今回は最近注目している現代作家の一人・桝本佳子氏についてお話ししたいと思います。
最近では、6月に小山登美夫ギャラリー京都
8月にはイムラアートギャラリー京都(2人展)と続けて関西での発表の場を広げており、
今後の活躍が注目される新進作家です。
私が桝本氏の作品に初めて出会ったのは、去年のこと。
京都木屋町にある元立誠小学校で開催された「FIX」展でした。
これは京都市立芸大出身者による年代を超えたグループ展で、
学校という構造を十分に生かしたインスタレーション作品が多いなかに、彼女の作品はありました。
それは鳥や蛙、または花や木が壷、花瓶、お皿などの陶器の一部となった、
器の形をしながらしかし機能する器ではない今まで見たことのない陶磁器の姿でした。
作品はもともと離れたモチーフと器が合体したものではなく、
絵付されるなどして器の中に本来存在しているはずのモチーフが立体化し
器の外へとはみ出しているというものです。


桝本氏は、幼い頃より茶道をしていたことで、
様々な道具のなかに用途のない工芸品があることを知り、そのことに興味を持ったと言います。
さらに「器と装飾の、主と従という関係を壊す」という試みによって、
モチーフは器という輪郭から外へとはみ出し、解放されていきます。
形としての器は維持しながらも、それはもはや使うための機能を有した器ではなく、
装飾を独立した装飾として全面に打ち出した新しい器の姿なのです。
しかし、単純にオブジェとも言い難い印象を与えるのは、
モチーフの取り合わせにみえる彼女特有のユーモアと日本文化における深い関心が存在しているためといえます。
扱われるのは伝統的な柄の絵皿や花瓶、茶道具など、
極めて日本人ならば日常的に目にするシンプルな道具たちです。
また、アイディアだけではない見る人を納得させる確かな焼き物としての技術が、
それが確かに器であることを示しています。
小山登美夫ギャラリーにて発表された新作は、
あらかじめ粘土で制作した焼成前の埴輪や鶴や馬を花瓶の型に無理矢理はめ込み、
モチーフ自体が器面を覆うという全く新しい作品を発表しました。
それらは、何かしらのモチーフと器の関係性がうかがえた前作に比べると、
「器と装飾」という関係に新しい解釈が作者自身に芽生えたことが分かります。
従来の「用の美」という枠組みを超えた陶芸作家として、
器と装飾の関係を今後どう展開していくのか、これからの彼女の活躍に期待が膨らみます。
器なのに器ではない、オブジェのようでオブジェではない。
作品から放たれる確かな違和感を感じながら、
固定された認識へ新たな解釈で挑戦する桝本佳子の世界を一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。
(川村)
■小山登美夫ギャラリー京都
http://www.tomiokoyamagallery.com/exhibitions/keiko-masumoto-exhibition-ed-2010/#fragment-10
■イムラアートギャラリー京都
http://www.imuraart.com/ja_ex1007_melange_exhibition.html