えびすさんと大黒さん

今回は、えびすさん・大黒さんと、
古美術の関わりについてお話ししたいと思います。
お正月のこの時期よく目にする宝船に乗った七福神。
その七福神信仰が人気を博したのは意外と遅く、
江戸時代も文化文政期まで下るのだそうです。
当時江戸の文化サロンを形成していた
太田蜀山人谷文晁酒井抱一らが正月の縁起遊びとして、
谷中の七福神詣でに倣って、向島に七福神を作ったのが、
江戸の庶民に広まるきっかけとなったとのことです。
隅田川七福神巡り:http://muko-jima.com/m_shitifuku2.html
そう言われてみれば、円山応挙や狩野派といった
近世を代表する画家たちに、えびすや大黒天を単独や対で
描いたものはあっても、七人全員そろった作品が
なかなかないのもうなずけます。


ともあれ七福神の中でえびすと大黒のコンビは中世室町時代までさかのぼる
民間信仰の代表格でありました。
昨年来、個人的に仕事でえびすに関わる案件があって、
ある方にお話をうかがう機会があったのですが、
えびす大黒の御利益を題材にした狂言が、室町期にすでに登場しています。
古代神話に端を発する漁村の民間信仰のご出身のえびすさんが
インド生まれの大黒さんと、中世までにさまざまな紆余曲折を経て
都市部に伝わり、近世初頭の豊臣秀頼の時代に
「えびすさん」「大黒さん」のコンビとして
民衆から絶大な人気を得ることになったのだそうです。
かと思えば京都にはえびすと大黒が喧嘩したという話もあって、
西宮のネズミ(大黒天のお使いとされる動物)が
えびす殿のお供えを盗んだことに怒った狛犬に
噛みつかれたことから二人の仲は一触即発に…。
かくしてえびすさんは四条室町の恵比寿町(今は地図に出てきません)に、
大黒さんは三条河原町の大黒町にそれぞれ陣を張ったのですが、
たまたま中国から京都観光に来ていた布袋さんが見るに見かねて
二条富小路布袋屋町の布袋さんご自身の宿屋で
和解の宴を開いたのだそうです。
2月18日までINAXギャラリー名古屋にてえびす大黒展が開催されています。
http://www.inax.co.jp/gallery/exhibition/detail/d_001470.html
滋賀県東近江市の市神神社が所蔵されている神像・図像270点あまりが
一堂に会する展覧会とのこと。
そうかと思えば関西ではまもなく十日戎が始まります。
年明けもなかなか景気回復の起爆剤になりそうな話題もない日本経済ながらも、
このお二方のごとく「破顔一笑」の平成22年でありたいものです。
(入江)