恋する美人画―女性像に秘められた世界に―

平成26年4月入社させていただいたリョウと申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
五月に、京都市美術館の「恋する美人画―女性像に秘められた世界に―」を
観に行きました。
リョウさん1リョウさん2
主題はおおむね六つに分かれ、江戸時代の美人絵からはじめ、近代になって美人画として
日本画の一ジャンルが確立した道を経て、現代にいたる女性や女性像を改めて想像させる
展示でした。
その中、最も目を引いたのは梶原緋佐子の作品でした。梶原緋佐子は「開かれた口」、
「赤き眼の淵」、「肥大した赤き肌色の手足」などの働く女性の姿を描いており、
一般に想像できる美人画とはかなりずれがありました。しかしそれは逆に、感情を有する
人間を描いているのではないかと思いました。出品された「姉妹」(大正五年頃、1916)、
「暮れゆく停留所」(大正七年、1918)などから女達の眼には、感情が宿っていると感じました。
私は、生きて居る女性の姿とその中の生命力を描き出しているのは、美しいのだと思います。
今回京都市美術館で開催されている展覧会では江戸時代から現在に至る女性像が如何に
変化していったかを見ることができ、大変楽しかったです。
(リョウ)

向井潤吉『花と龍』挿絵原画特集 公開中です!

向井潤吉『花と龍』挿絵原画特集 Part2を公開しております!
2014年新春にPart1を公開し、
ご好評いただいた「向井潤吉『花と龍』挿絵原画特集」。
8月より、 待望のPart2、約80点の作品をオンラインストアにて公開しております。
http://www.rakuten.co.jp/shibunkaku/
向井潤吉は、茅葺き屋根の古民家を描き続けた油彩画家として、
非常に人気の高い作家です。今回ご紹介するのは、
昭和27から28年まで小説『花と龍』が讀賣新聞朝刊に連載されていた際、
挿絵として描かれた作品です。
風景・静物・人物などがひとつひとつ丁寧な筆致で描かれ、
潤吉の卓越した描写力が遺憾なく発揮されています。
向井潤吉_271
【第二百七十一回挿絵 「若松公会堂」】
Part1では、明治時代の情景が描かれた物語前半部分をご紹介いたしましたが、
今回は昭和初期の風俗等が描かれた物語後半部分の原画約80点を追加しております。
今回の展示作品では、八幡製鉄所のあった北九州の情景の他、皇居周辺や浅草など東京の
様子も描かれています。
また、街路や船着場、小料理屋や日常の家庭の様子など、昔懐かしい昭和風俗も見どころです。
向井潤吉_210
【第二百十回挿絵 「傘をさす姉妹」】
なかには、鉛筆で書かれた下絵が残っている作品もあり、構図を推敲し、
変更したあとを追うことができます。
作家の息遣いを間近で感じることができるのが原画ならではの醍醐味です。
向井潤吉_313
【第三百十三回挿絵 「車力」】(部分)
挿絵の主題となっている小説『花と龍』は、芥川賞作家 火野葦平による自伝的
小説です。新聞連載中には大きな話題となり、その後たびたび映画化やドラマ
化されました。
新聞連載にあたっては、324話すべてに向井潤吉による挿絵が添えられ、
当時の風俗や物語の世界観が生き生きと映し出されています。
今では存在しない昭和の建造物や風景も、向井潤吉にとっては自ら目の当たり
にしていた光景。細やかな筆致から、当時の空気感を堪能していただくことができます。
本展覧会の作品は、思文閣オンラインストアのほか、実店舗のぎゃらりぃ思文閣でも
ご覧いただけます。
展示の様子は こちらからご覧いただけます。
向井潤吉の画業、ぜひこの機会にご覧くださいませ。

初商い

昨年入社の営業社員、寺田君が先日「初商い」をしてきました。
私事ながら、思い返せば私の初商いは熊本県北部にある某市の某病院の奥様でした。入社2年目、平成11年のことです。
その当時、熊本の地元百貨店に毎年6月と11月に約1ヶ月間の長期出張をして、百貨店の外商さんとお客様宅を訪問販売して歩くという試練(?)を課せられていた私ですが
入社当初は今にも増してどんくさい上に、要領も悪い、知識もない、極度の人見知り、見た目がパッとしない…という悪条件が重なり、一回目、二回目と結果は散々でした。
お客様のお宅に訪問する以前に、まず身内であるはずの外商さんの事務所でろくに相手にされず、当時私が同行させていただいていた上司にばかり商談が集中し、
挙句の果てにはあるベテラン外商さんから「ヌシ(君)と回ったばってん売れんもんね、今日は遊んでてヨカよ」と冷たく言い放たれ、美術画廊にほったらかしにされ、今だから言えますが熊本市内の上通商店街の漫画喫茶で『キン肉マン』を全巻制覇したこともありました。もちろん一日で、です。後日『タッチ』に挑戦したこともあったと思います。
私と同期の営業が、他の百貨店で次々に商談を成立させている状況で、「もうやめよっかな、この会社」と思っていた矢先、
当時30代後半の外商さんが「一軒連れてってあげるけん、今からヨカね?」と声をかけてもらってお邪魔したのが、前述の病院でした。
初商いの作品は徳富蘇峰の達磨の自画賛でしたが、そちらの病院の奥様に
「あなたがそんなに奨めてくれるなら」と言っていただいたのを今でも覚えています。
もう今ではほとんどの方が百貨店を定年退職されたと風の噂で聞いておりますが、当時のその熊本のベテラン外商さん連中には苦汁をなめさせられたとその当時は恨みもしましたが、「拾う神あり」でした。
結局今まで16年この会社に在籍し、その後もいろいろな局面で退職が頭をよぎったこともありましたが、思いとどまったのはいろんなお客様の一言だったと思います。
…で、寺田君がそのはじめて一人で商談に行く前日、思い悩み、緊張している彼に
「たぶん売れへんし、売れたら焼肉おごったるわ」と冷やかしで言ってしまったがために、今度焼肉に連れて行く破目になりました。
嫌な上司になりました。
(入江)
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