さくらさく

いま、京都では桜が見頃です。
sakura1.jpg
撮れたてほやほやの桜です。
今日はすこし肌寒いですが、澄んだ青空に桜がよく映えます。
この桜、実は京都本社のごく近くにあるのです。
新門前通と大和大路・川端通が交差する一帯。地図でいうとこのあたりです。

大きな地図で見る
sakura2.jpg
画面奥が川端通。鴨川ですね。
sakura3.jpg
このご時世、お花見を自粛される方も多いとききます。
しかし、毎年変わらず美しい姿を見せてくれる桜を愛でるのは、
決して悪いことではないように思います。
桜の季節、京都にお越しの折は、ぜひ思文閣へもお立ち寄りください。
(松本)

雅秀院墓参

過日、散策にでかけた宝塔寺(京都市伏見区深草宝塔寺町)の墓地で、谷口香キョウ(山へんに喬)の墓所に参った。
香キョウは、幸野楳嶺門下で竹内栖鳳らとともに四天王と並び称された名人で、
写実に重きをおいた歴史画で名を馳せた。
写真1
「雅秀院香キョウ日鑑居士」とある。
宝塔寺は、京都最古といわれる多宝塔(室町中期造)を境内に持つことでしられる寺院だが、
その宝塔のたもとより七面山山腹へとひろがる墓地も広闊であり、
香きょうの他にも、宮本武蔵の養嗣子・宮本伊織や、本草学者・山本亡羊の墓所もある。
墓碑もまた、歴史資料としてひとつの地位を占めるという。
たしかに、そこに記される銘文は、当該人物が亡くなってまもなく起草されるのが通例であり、
否定的な事実は書かれないという留保はあるにせよ、
故人の現存時代に近接した史料として重要視されるのだろう。
そうして、墓というものを、その人物の生きた証ととらえるならば、
たとえば香キョウのような画家の場合、いま世に流布している作品自体が、
なによりも雄弁な墓標であり墓誌であるといってよいのではなかろうか。
写真2
谷口香キョウ 秋渓緑雨図(明治31年)(部分)
(佐藤)