富山にて

富山出張の際飛び込みでお邪魔した海鮮料理「銀鱗」さん。
toyama3.jpg
厳かな店構えとテンションの上がる内装。
toyama1.jpg
こういうお店に辿り着けるか否かは運次第。
だから私はスマートフォンなどで口コミ情報を事前にチェックすることを敢えてしない。
己の勘だのみ。業者の勘である。
toyama2.jpg
舌鼓をうちました。
(入江)

伝えしもの 「和の美」5月号特集

新人さんを見習って、たまにはマジメに仕事の話を。
「和の美」5月号の原稿がようやく手を離れ、
〆切から一旦解放されましたので久々に部屋の整理をしていたら
中島敦の『山月記』が出てきました。
よく知られた話ではありますが何回読んでも大変に衝撃的で、
自分の考え方を何度も変えてくれる作品の一つです。

李陵・山月記 (新潮文庫) 李陵・山月記 (新潮文庫)
(2003/12)
中島 敦

商品詳細を見る

(さらに…)

無鄰菴

新入社員の西村と申します。
よろしくお願いいたします。
お休みの日に好きなお庭の一つである無鄰菴を訪れました。

無鄰菴は明治27~29年(1894~1896)に山縣有朋が造営した別荘です。
この名を持つ有朋の別荘は三つあり、
最初に建てられた長州の草庵が隣家のない静かな場所であったことから、
無鄰菴と名付けられました。
庭園は有朋自ら設計、監督し、造園家の植治こと小川治兵衛が作庭しました。
東山を借景とし、疏水の水を取り入れています。
無鄰菴は庭園、木造二階建ての母屋、茶室、レンガ造り二階建ての洋館から成るのですが、
洋館は「無鄰菴会議」が行われたことで有名です。
「無鄰菴会議」は、日露戦争直前の外交方針を決めた会議で、
山縣有朋、伊藤博文、桂太郎、小村寿太郎らによって開かれました。
会議が行われた部屋の壁は江戸時代初期の狩野派が描いた障壁画で飾られています。
image002.jpg
無鄰菴は平安神宮や南禅寺など、京都の人気観光スポットの近くにありながら、
比較的人が少なくゆっくりと過ごすことができます。
母屋でお抹茶を頂くことができるのですが、お庭を見ながら何時間でも過ごせそうです。
皆さまも、京都にお越しの折は足を運ばれてはいかかでしょうか。
(西村)

国立民族学博物館をたずねて

新入社員の三村と申します。入社して初めてのブログ更新です。
皆様よろしくお願いいたします。
春の陽気に誘われて、大阪府吹田市の万博記念公園に出かけてきました。
岡本太郎の生誕100年に当たる節目の年に、
初めて間近で見る太陽の塔に感激しつつ園内を進み、お目当ての国立民族学博物館へ。
minpaku1.jpg
未来を象徴する「黄金の顔」と現在を象徴する正面の「太陽の顔」
minpaku3.jpg
過去を象徴する背面の「黒い太陽の顔」
国立民族学博物館では、
世界をオセアニア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、それに日本を含むアジア各地域に分け、
オセアニアを出発して東回りに世界を一周し、最後に日本にたどり着くという構成で、
世界各国の“衣・食・住”が展示されていました。
minpaku2.jpg
馬頭琴
幼少の頃に読んだ絵本『スーホの白い馬』を思い出しました。

スーホの白い馬―モンゴル民話 (日本傑作絵本シリーズ) スーホの白い馬―モンゴル民話 (日本傑作絵本シリーズ)
(1967/10/01)
大塚 勇三

商品詳細を見る

普段、自身が日本の文化について考えるときは、
日本という枠の中だけで完結させてしまっており
世界との関連性を考える機会があまり無かったので、目からウロコな一日でした。
全展示を見て回り、改めて、“世界があっての日本文化”であることを実感!
視野を広げてみると、日本の文化がより魅力的にみえてきました。
(三村)

醍醐の花見

はじめまして。
この4月に入社しました村山と申します。
皆様よろしくお願いいたします。
京都で迎えた初めての桜の季節。
今回は数ある名所の中で、豊臣秀吉「醍醐の花見」が行われた場所、
真言宗醍醐派総本山の醍醐寺を初めて参拝しました。
daigoji1.jpg
参拝客で賑わう参道
慶長3(1598)年3月15日、秀吉はこの醍醐寺で
前年の徳川家康ら諸大名を伴ったものの再現をめざし、豪華な花見を催しました。
先立って境内の三宝院を修理と700本の植樹を行い、
当日は息子・秀頼や北政所、西丸殿(淀君)らを率いて
山内に設けられた御茶屋や店棚をめぐったと言われているそうです。
daigoji2.jpg
三宝院へ至る国宝の唐門
daigoji3.jpg
天暦5(951)年の建立から残る国宝の五重塔
境内をめぐって印象に残ったのは、至る所に植えられた桜の若木の多さで、
そのほとんどは昭和から平成にかけて個人が寄進したもののようでした。
恐らくこれからもこのように植樹は行われ、
それぞれに大樹となって春にはより一層山内をその花で美しく彩ることでしょう。
それを思うと、天下人によるものではあっても、
一時代のほんの一日の歓楽が一つの山の自然環境を変えてしまったわけで、
文化と自然の関係の一面を垣間見ることができた一日でした。
(村山)