「光悦ふり」に向き合う

こんにちは。
この春入社いたしました、三浦と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
最近、古門前通のあちこちに張り出されているこのポスター。
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目にした途端、茶碗の美しいフォルムに心を奪われ、さっそく美術館へ足を運んでまいりました。
低い高台の上に腰をゆったりと張らせ、優美な曲線を描きだすこの器形は光悦独特のもの。
侘びの精神を重んじ、装飾を排除してきた茶碗の世界に、光悦が変化をもたらしたのです。
本展では、光悦と樂家歴代、半泥子など光悦の影響を受けた人々の作品が展示されており、
光悦が陶芸、そして茶の湯の世界に与えた影響を概観できるようになっています。
なかでも感じ入ったのは、当代樂吉左衛門の作品。
茶碗の常識を打ち破る造形、釉薬による抽象絵画のような装飾。
なんともチープな感想ですが、「カッコいい~!!!」と感動して本まで購入してしまいました。

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当代樂吉左衛門自身による詩やエッセイが添えられた作品集です。
茶碗づくりを通して茶の湯の本質を鋭く問う、考えさせられる本でした。
……さて、よいものをたくさん観たところで、
「(一応)趣味は陶芸(自称)です」と言っているからにはやっておかなければと思い、
つくってみました。私なりの「光悦ふり」。
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作陶中はもっぱら久しぶりに会った友人とのおしゃべりに興じ、
自己との対話や茶の湯の精神などとは程遠いものでしたが、よい休日になりました。
(三浦)

「舟越桂 私の中のスフィンクス」展をみて

こんにちは、今年度4月に入社しました、糸永と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
私事ではありますが、先日、「舟越桂 私の中のスフィンクス」展を観に、
兵庫県立美術館へ足を運びました。
舟越桂(1951年盛岡市生)は今日の日本を代表する具象彫刻家で、
その作品は国内外問わず多くの美術館に展示されています。
また、作品の写真が小説家・天童荒太氏の著作の表紙にしばしば用いられていることから、
ご存知の方も多いかと思います。
かくいう私も舟越桂の作品を知ったのは、高校生の頃手に取った
『悼む人』(天童荒太著、文春文庫、2008年)がきっかけでした。
さて、同展会場に足を踏み入れると、一室の中央にそっと配置された「月の降る森」が
出迎えます。壁・天井・床すべてが白色で彩られた明るい部屋の中で、全身に青白く
影をまとった女性の神秘性が際立っていました。白く美しい胸元は、そこに当たる
目に見えない光の存在をも感じさせます。
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「月の降る森」2012年、メナード美術館
 その後、展示は「1章 1980~1990年代初め」「2章 1990年代初め~2000年代初め」
「3章 2000年代初め~現在」と続き、年代ごとに作風の変遷をたどることができます。
なかでも印象に残ったのは、第1章の初期作品群でした。楠を材とした胸像と大理石の
玉眼というスタイルが確立したこの時期、作家は性別をはじめ、表情、髪型、服装など
多様な人物像を制作しました。わずかに外向きに入れられた瞳の表現によって、
観者はいくら見つめても人物たちと目が合うことはなく、それゆえ作品にはどこか瞑想的、
内省的な雰囲気が漂います。こうした表現は、一見多彩な個性を有するこれら作品群に、
ある種普遍的な精神性を共通して与えているように感じられました。
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「冬の本」1988年、作家蔵
2章以降は、胴体を山に見立てた人間や半人半獣のスフィンクスなど、「異形」の作品が目立ちます。
自然と人間、人間と獣といった二面性を持つ作品群は、詩的なタイトルと相まって、
観者に豊かな想像を促します。
このように今回、初めて舟越桂の作品を実見する機会を得ましたが、鑑賞を通じて、
自分自身とも普段よりゆっくりと向き合えたようで、とても心地よい時間を過ごすことができました。
(糸永)

狩野派の作品に触れて

はじめまして。この春入社いたしました、柴田と申します。
今年度は私を含めて6人の新入社員が入社しました。
皆様どうぞ、よろしくお願いいたします。
さて、去る5月の日曜日。私ごとですが、京都国立博物館で開催されておりました
「桃山時代の狩野派‐永徳の後継者たち‐」展に行ってまいりました。
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この展覧会では、織田信長や豊臣秀吉の庇護の下、『唐獅子図屏風』など
豪華絢爛で桃山時代らしい金碧大画を描き、希代の天才と言われた
狩野永徳亡きあとに続く狩野派の作品が展示されていました。
狩野派は、江戸時代に入り幕府の御用絵師として活躍しましたが、
永徳没後の勢力は安定したものではありませんでした。
秀吉の早世した子、鶴松の菩提を弔うために建てられた祥雲寺(現:智積院)の
障壁画制作が、ライバル長谷川等伯らに指名されたのです。
しかし、新しく棟梁となった光信は豊臣秀吉の肖像を描いたり、
相国寺法堂の天井画を描いたりと大いに活躍し、勢力の巻き返しに成功。
その他、一族は徳川家の要請による二条城の壁画制作や、朝廷の絵事にも多く携わりました。
このように、豊臣、徳川、朝廷の三大勢力が拮抗する中、
狩野派は一族を分散させて生き残る戦略、いわゆる「三面作戦」を展開したのです。
画風も時代が下るにつれ永徳のような豪勢な筆致から、どこか繊細さをもった画風へと移り変わります。
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狩野探幽が寛永11年(1634)に描いたとされる『柳鷺図戸襖』。
金が散らされた襖に水墨淡彩の柳が一層引き立ち、繊細で華やかで豪勢だった
桃山文化の雰囲気とはまた違った新しい時代の空気を纏っているように感じました。
この展覧会を通して狩野派の画風の移り変わりをみることができ、
さらには、激動の時代を背景にして、生き残りをかけた彼らの
様々な“知恵”も垣間見ることができ、大変勉強になりました。
(柴田)

ポジャギとチュモニ展

先日、高麗美術館の新春企画展「ポジャギとチュモニ展」を見に行ってきました。
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「ポジャギ」とは、ものを包んだり覆ったり飾ったりする四角い布のことで、
日本でいう風呂敷やふくさ、ふきんに相当する役割をもつものです。
朝鮮時代の18世紀頃からさかんになったとされ、「袱(ポク)」とも呼ばれたポジャギは、
「福(ポク)」に音が通じることから、幸せを呼ぶものと伝えられてきました。
一方「チュモニ」とは、袋物のことを意味します。
このたびの展示は、韓国刺繍博物館のコレクションと高麗美術館のポジャギ計85点に、
現代作家の作品15点を加えた総計100点の品々が紹介されていました。
写真2
ちらしのポジャギは、端切れを縫いつなぎ一枚の布に仕上げるパッチワークのポジャギで、
「チョガッポ」と呼ばれるものです。展示説明にもありましたが、
パウル・クレーやモンドリアンの抽象絵画ともどことなく重なりました。
モノトーンで落ち着いた風合いの麻のチョガッポが白磁とともに展示されていた場面が
あったのですが、調和の美しさに思わず足をとどめ長く見入ってしまいました。
左側の水色の袋は、お土産に買ったチュモニです。
対象物に精魂を込めることは、一種の誠を尽くす行為とみることができ、
真心を込められた対象は招福の媒介になる、という俗信が印象的でした。
小さな端切れも大事につかい、布をいとおしんだ古人の精神、幸せを願う心。
真心から生み出された表現に、心動かされたひとときでした。
(平野)

文化ボランティアの話

少し前の話になりますが、久しぶりに参加した文化ボランティアについて書かせていただきます。
参加したボランティアは、大本山建仁寺塔頭霊源院『特別公開と文化財高精細複製品展示』の運営サポートです。
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(特定非営利活動法人 京都文化協会 
 http://kyo-bunka.or.jp/event2013seiraiin_reigenin_autumn.html より引用)
建仁寺は建仁2年、源頼家によって創建され、大徳寺の一休宗純が幼年時代に学んだことでも知られています。霊源院の一般公開は今回が初めてということでした。
本坊の方から入るとかなり奥まった場所に位置しているため、拝観者はそれほど多くないのではと思っていたのですが、拝観開始時間の午後1時前には、入り口に行列ができるほどでした。
『最高の言葉(仏の教え)が人々の間に広まっていく』という意味の、一休禅師による墨跡「錦心繍口向人開」(きんしんしゅうくひとにむかってひらく)が掛けられていたほか、
塔頭の特別公開とともに目玉となっていたのが、狩野永徳筆 国宝『上杉本 洛中洛外図屏風』(米沢市上杉博物館所蔵)の高精細複製品の展示でした。
複製品ですのでガラス越しではなく間近に見ることができ、写真撮影も許可されていたため、多くの拝観者が写真を撮られていました。
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(特定非営利活動法人 京都文化協会 
 http://kyo-bunka.or.jp/event2013seiraiin_reigenin_autumn.html より引用)
ボランティア4人のうち、2人は会場受付とグッズ販売、2人は接待で、私は後者でした。
京菓子司「松壽軒」さんのご協力により、一日限定30食の一休ぜんざいと番茶をお茶室でふるまうという企画で、ご住職のお母様がお台所で用意されるおぜんざいと番茶・塩こぶをお客様にお出しするのが私の主な仕事でした。
ご住職が拝観者の質問に丁寧に答えられ、ご本尊や本堂に掛けられている掛け軸、朝鮮通信使から贈られた「文明」の額について解りやすく説明されている間、私達ボランティアはおぜんざいの接待に専念しました。
お椀を洗うのが間に合わないほど盛況で、松壽軒さんにお願いして、追加のあんやお汁を持ってきていただき、6時の受付終了間際までお出ししました。
お相手のボランティアの女性は学芸員のボランティアもされており、お台所で働きながら、色々なお話を聞かせてくださいました。
日没後5時過ぎにお庭がライトアップされ、近隣の小学生によって作られた甘露庭が昼間とは違った幻想的なお庭となりました。
拝観者が帰られた後、ご住職から小学生にお庭を作ってもらった経緯や、そのお礼に蛍を放って見せてあげたお話を伺いながら、ゆっくりとお庭を眺めることができました。
写真を撮る余裕はなかったので、ここで紹介することができず残念です。
京都市文化ボランティア制度はスタートして11年になるそうです。
私は登録してから4年目になりますが、これまで上京歴史探訪館・市民狂言会の運営サポート、コンサートの受付などに参加しました。
人見知りな私が、ボランティアに参加される方々とは不思議と初めてお会いしてもすぐに作業に取り掛かれ、気持ちよく働けます。
一線を退かれた方が多く、50過ぎの私が若輩者になるぐらいです。
若い方達の参加が増えると更に活性化するのではないかと思います。
京都市文化ボランティアは、一度登録すると、定期的に参加募集のお便りが届き、参加希望を返信するというシステムです。
京都市民以外の方でも応募できますので、「おもてなし」の心で文化活動に参加してみようと思われた方は、是非一度チェックしてみてください。
京都市情報館 「文化ボランティアって何?」
京都市情報館 文化ボランティア申込
(横井)